ふと思ったこと(その4)


 「シャラシャラ」とか、時には「プツッ」というようなスクラッチノイズ(レコー

ドのはり音)を、うっとうしいと感じる人は少なくないかもしれない。だが、SPレ

コードのナツメロ大好き人間のぼくの場合は、そのノイズの仲にその歌がヒットした

ころの時代や風俗、自分がおかれていた環境や交友関係などが去来するから、聞きよ

うによってはノイズもまたナツメロの構成要素の一つではないかと思っている。

さて、明治20年代には、自由民権思想の普及・宣伝を目的とした川上音二郎の「オ

ッペケペ節」が民衆の共感を得た。それとともに花柳界からは「草津節」「ストトン

節」「月は無情」などが広まっていった。

僕はたまにこの歌を聞くと、故松本武夫先生が寄宿舎での誕生日会で「月は無情とい

うけれど コリャ 主さん月より まだ無情」と、声を張り上げて歌われてびっくり

したことを懐かしく思い出す。

「のんき節」はともかく「金色夜叉の歌」「篭の鳥」「船頭小唄」「ゴンドラの歌」

「ベニスの舟歌」などの名曲は、今でも何人もの歌手のカバーバージョンで聞くこと

ができるが、昭和初期までは、主にバイオリン演歌師たちによって流布されていった

のである。

〈命みじかし 恋せよ乙女〉と歌い出すこの「ゴンドラの歌」は、吉井勇と中山晋平

の名コンビによる傑作の一つであるが、これは故石黒哲夫さん(昭和29年卒)がこ

よなく愛した1曲であった。また、〈春はベニスの 宵の夢〉ではじまる「ベニスの

舟歌」は、東川州実(くにみ)さん(昭和29年卒)の十八番で、前述の誕生日会で

もリクエストに応えて、持ち前の美声を幾度となく聞かせてもらったものである。

ちょっと趣を異にするが〈妻をめとらば 才長けて〉で有名な与謝野鉄幹の「人を恋

うる歌」や、滝 廉太郎が明治34年(1901年)、中学唱歌作曲募集に応募して

当選した「荒城の月」「箱根八里」などもこの時代のはやり歌と言ってよく、今でも

時々聞くことがあるが、松岡会長によれば最近の教科書には載っていないとのことで
ある。

また、大正2年(1913年)に島村抱月とともに芸術座を結成した松井須磨子が女

優として歌った劇中かの仲でも「カチュウシャの歌」や〈行こうか戻ろうか オーロ

ラの下を〉ではじまる「さすらいの歌」は一際好評を博したもので、今でも時折耳に
することがある。

ところで、皆さんはこんな歌をご存じだろうか?〈私のラバさん 酋長のむすめ 色

は黒いが 南洋じゃ美人〉。これは大正末期から昭和初期にかけてはやった「酋長の

娘」の一節であるが、昭和5年、作曲家中山晋平の妻、新橋きよぞうのレコードの大

ヒットで、日本中で歌われるようになった。しかし、この歌が大正15年の高知高等

学校(現在の高知大)の学園祭から発信されたことを知る人は少ないと思う。

 時代も昭和3年になると、フランス帰りで本格派のテノール歌手藤原義江が、さっ

そうとレコード界に登場して、「矛を収めて」「出船の港」「波浮の港」などのヒッ

トを連発した。一方、浅草オペラ出身の二村(ふたむら)ていいちは、「アラビアの

歌」「私の青空」など舶来の歌を吹き込んで、当時のモボ(モダンボーイ)・モガ(

モダンガール)に大いにもてはやされた。

昭和4年には、女性流行歌手の1番星として、華やかにデビューした佐藤千夜子(ち

やこ)が〈むかし恋しい 銀座の柳〉と歌い出す「東京行進曲」を、温もりのあるソ

プラノで大ヒットさせて、わが国のレコード産業の発展に少なからず寄与した。詩人

西条八十と作曲家中山晋平のコンビが生み出したこの歌は、明治・大正時代のいわゆ

る「はやり歌」から一皮剥けた、新しいセンスの流行歌として、大衆に受け入れられ
た。

特に〈月も「デパート「の 屋根に出る〉の1行は、「しゃれた」フレーズとして好

まれたようである。

昭和6年には、東京音楽学校在学中の藤山一郎が、古賀メロディーの「酒は涙かため

息か」「丘を超えて」でデビュー。翌7年にも「影を慕いて」を歌って連続ヒットを

放った。

また、昭和8年には、小唄勝太郎が持ち前の美声で「島の娘」を歌ってファンを魅了

し、いわゆる「はあ小唄」の先駆けとなった。

学生時代の僕は、誕生日会の司会を長らくやっていたので、ナツメロの思い出と誕生

日会のそれとが重なり合うことが多い。この『島の娘』については、観月会を兼ねて

開かれた誕生日界で、佐野すみ子先生が「はあー 島で育てば 娘十六 恋心」と、

しみじみ聞かせてくださったひと節が忘れられない。

僕は昭和9年生まれであるが、この前年あたりから昭和17年頃までが、戦前のナツ

メロの宝庫であると思っているが、その辺のことについては次の機会に譲りたいと思
う。


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